日本からアジア、そして欧州へ──20カ国超を支えた17年
──これまでの経歴についてお教えいただけますか。
キャリアのスタートはNTTでした。当時は、幕張メッセで3000人規模の入社式が行われるような時代で、全国では20万人を超える社員がいたと記憶しています。
配属はテクノロジー部門ではなく営業でした。しかも、NTTの中では珍しい「モノを売る」営業部隊で、リース契約を前提にお客さまと向き合う日々を送っていました。リース審査が通らず、どうしても成果を出したい一心で「現金取引でお願いできませんか」と相談し、「ふざけるな」と厳しく叱られたこともあります。今、振り返ると無謀な提案でしたが、それだけ必死だったのだと思います。
そうした経験を重ねる中で、次第にテクノロジーへの関心が高まっていきました。会社全体としても、通信インフラにとどまらず、ITを軸に価値を提供する方向へとシフトしていく時期であり、私は部門内のシステムアドミニストレーターを務めるようになります。
その頃、偶然知ったのが「教育給付金制度」でした。これをきっかけにリスクマネジメントを学び始め、勉強を通じて多くの経営者と知り合う機会を得ました。彼らのキャリア選択や意思決定の背景を聞く中で、「20万人規模の組織の中で、自分が本当にやりたいことをどこまで実現できるのだろうか」と考えるようになったのです。
当時は、手を挙げてもその希望が叶うかどうか分からない環境でした。であれば、社内に限らず、社外の選択肢も含めて公平に考えてよいのではないか。そう腹をくくり、大きな決断としてGap Japanへの転職を選びました。
そこから本格的にテクノロジーのキャリアへと舵を切ったのですが、外資系企業に入った当初は英語がほとんど話せず、電話会議についていくのも一苦労でした。会議をこっそり録音し、後で聞き直して理解を深めるようなことを繰り返していました。
Gap Japanで小売業のシステムを一通り経験した後、「より明確な責任を持ってチームを率いる役割を担いたい」と考え、コーチ ジャパンに移りました。
当初は日本法人でニューヨークのメンバーと連携する想定でしたが、eコマースプロジェクトを契機にアジア太平洋地域のチームを率いる立場となり、その後は欧州のビジネスも担当するようになります。最終的には20数カ国の事業をテクノロジーの面から支え、社名がTAPESTRYに変わった後も含め、17年以上このグループに在籍しました。
そして2025年1月、ご縁をいただき、日本マクドナルドのCTOとして新たな挑戦を始めています。
プライベートでは100キロ、120キロといったウルトラマラソンに挑戦してきました。つい先日もフルマラソンで自己ベストを更新しましたが、極限まで追い込まれる中で、「続けるのもやめるのも自分次第」という感覚があります。この「自分への挑戦」という姿勢は、いまの仕事とも通じるものがあると感じています。
泥船か、チャンスか──白羽の矢が立った瞬間の決断
──ご自身のキャリアの中で、最も大きな実績をお教えください。
転機はいくつかありますが、象徴的なのはコーチ ジャパンで携わったeコマースの立ち上げです。
当時は、社内にeコマースを本格的に構築した経験者が一人もおらず、日本側と米国側のメンバーが1人ずつ、コ・プロジェクトマネージャーとして名を連ねる形でスタートしました。しかし、前例がない分、意思決定も進め方も手探りで、プロジェクトはなかなか前に進みませんでした。
停滞感が漂う中、なぜか私に白羽の矢が立ちました。周囲からは「なぜそんな泥船に乗るのか」という声もありましたが、正直なところ、「ここで成功すればヒーローになれるかもしれない」という打算も半分はあったと思います。
ただし、求められた役割は単なるITのプロジェクトマネージャーではありませんでした。テクノロジー部門に加え、ブランドの世界観やUIの細部にまでこだわるクリエイティブサービス部門も巻き込み、全社横断で推進するプログラムマネジメントです。
境界線一本の色や太さにまで意味を持たせるチームと、基幹システムを担うチームとを束ね、ビジネス全体を前に進める役割を担うことになりました。
この経験を通じて得た最大の収穫は、ビジネスの流れを一気通貫で理解できたことです。最初から全体像が見えていたわけではありません。試行錯誤を重ねる中で、マーケティング、店舗、サプライチェーン、ITがどのようにつながり、価値を生み出しているのかを体感的に理解することができました。
また、大規模プロジェクトを「完璧な知識がなくても、学びながら前に進めば何とかなる」という成功体験は、その後の自信にもつながりました。
この実績をきっかけに、「中国でも立ち上げてほしい」「韓国でも支援してほしい」と次々に声がかかり、担当領域は日本からアジア、そして欧州へと広がっていきました。
中国のプロジェクトでは、チームビルディングそのものが大きな挑戦でした。激しく議論を交わす文化に圧倒され、「どうすればこのカルチャーの中に溶け込み、信頼を得られるのか」を真剣に
考える日々が続きました。ビジネススキル以前に、「人としてどう向き合うか」を意識するという経験は、グローバルで仕事をする上での基礎になっています。
さらにM&Aの局面も、大きな学びの連続でした。企業が成長する過程で避けて通れない組織やシステムの統廃合には、必ず感情が伴います。合理性だけでは割り切れない現実と向き合う中で、テクノロジーだけでなく「人をどう理解し、どう寄り添うか」という力が鍛えられたと感じています。
実行と修正を前提にした意思決定
──実績を上げるための最大のチャレンジは何だったのでしょうか。それは現職でどのように生かされていますか。
振り返ると、どの局面もその時点では「最大のチャレンジ」でした。そのため一つに絞るのは難しいのですが、共通しているのは、「考え続けるだけで止まらない」という姿勢です。頭の中で完璧な答えを探すよりも、仮説を立てて実行し、その結果を受けて修正する。このサイクルを回し続けてきたことが、今に生きていると感じています。
特に、国籍も文化も異なるメンバーを率いる場面では、日本での成功体験をそのまま当てはめることはできません。「こういうやり方もある」という一つの選択肢として提示しつつ、最終的にどう料理するかは現地のチームに委ね、脱線しないように方向性だけは示しながら、やり方は尊重する。そのバランス感覚は、現在、日本市場にフォーカスする立場になった今も変わらず重要だと考えています。
成功か失敗かではない──結果を次につなげる思考法
──これまでに受けたアドバイスの中で、特に印象に残っているものはありますか。
いくつかありますが、まず思い浮かぶのは、以前の上司からかけられた言葉です。「プロジェクトがうまくいかなかったからといって、命を取られるわけじゃない。だから、そんなに心配するな」——。この一言で、肩の力がすっと抜けたのを覚えています。失敗を過度に恐れて動けなくなるよりも、まずやってみることの方がはるかに重要だというメッセージだったのだと思います。
また、海外で仕事をする中でよく耳にしたのが「Mission first」「People always」という考え方です。ミッションを最優先にしながらも、その実現を支えるのは常に「人」であるという価値観であり、今も私の判断軸の一つになっています。
さらに、強く心に残っているのが、サントリー創業者・鳥井信治郎氏の言葉「やってみなはれ」です。何かに取り組むとき、どうしても「成功するか、失敗するか」という二択で考えがちですが、私自身はそうは捉えていません。やってみれば必ず結果が出る。その結果を受けて次の一手を考える——。その連続こそが前進であり、成功か失敗かは後から意味づけされるものにすぎない。そうした姿勢を、この言葉からあらためて確認させられた気がします。
「テクノロジーだけではない」──CTOが経営に関与するという魅力
──CTOとしての仕事の魅力、やりがいについてお聞かせください。
「CTOだからテクノロジーだけを見る」という意識は、私の中にはほとんどありません。経営会議のメンバーとして、事業戦略や組織運営についても議論に加わり、自分の意見を述べられる立場にあること自体が、大きなやりがいだと感じています。
日本マクドナルドは、店舗数もトランザクション数も極めて多いビジネスです。そのオペレーションを支える上で、テクノロジーへの依存度が高いのは当然であり、システムが止まれば事業に直結する。その緊張感の中で仕事をすることに、責任と同時に面白さも感じています。
特に新鮮なのは、店舗のキッチンの奥深くまでテクノロジーが入り込んでいる点です。温度管理や鮮度管理など、IoTによってリアルタイムでデータが取得される環境は、これまでのキャリアでもあまり経験してきませんでした。将来的には、キッチン全体がネットワークでつながり、オペレーションの在り方そのものが変わっていく。その変革の最前線に立てることに、大きなワクワク感を覚えています。
挑戦の積み重ねがCTOとしての資質を磨く
──成功するCTOに求められる資質とは何だとお考えですか。
振り返ると、「与えられた機会には手を挙げる」という姿勢を一貫して大切にしてきました。会社が期待を込めて機会を与えてくれるのであれば、まずは挑戦してみる。その期待に応えられれば、次の機会がまた巡ってくる。その積み重ねが、結果としてキャリアを形づくってきたのだと思います。
もちろん、会社から言われたことを待つだけではありません。自分がやりたいことがあれば、それを言葉にして伝えることも大切です。最初の転職を決断したときもそうでしたが、「やってみてよかった」と心から思える経験が、次の挑戦への原動力になります。そうした一歩一歩が、CTOとして求められる視野や胆力を育ててくれたのではないでしょうか。
まず一歩を踏み出す──考える前に動くという選択
──若手リーダーに向けて、アドバイスをお願いします。
私がお伝えしたいのは、とにかく「一歩を踏み出すこと」です。頭の中であれこれ考えているだけでは、何も始まりません。成功か失敗かを気にし過ぎるよりも、まずやってみて、その結果から学ぶ。もし望ましくない結果だったとしても、「やらなければ分からなかった」という事実は必ず残ります。
もう一つ大切なのは、学び続ける姿勢です。環境が急速に変わる中で、自分自身がアップデートされなければ、組織や社会の変化についていくことはできません。世の中の動きや、自社のビジネスの構造を理解し、「なぜ今この判断がなされているのか」を考え続けることが、リーダーとしての基盤になると考えています。
テクノロジーで業務を再定義する──レストランオペレーションの変革構想
──今後の展望と中長期的な取り組みについてお聞かせください。
グローバルでは、マクドナルドはGoogleと戦略的な提携を結び、AIやクラウドの力でレストランオペレーションを抜本的に変革しようとしています。
日本でもGoogle日本法人と何ができるか話し合っているところです。
AI、エッジコンピューティング、IoTといった技術が現場に浸透することで、単に「オペレーションを効率化する」段階を超え、お客さまへの提供価値そのものをどう高めるかが問われています。調理から受け渡しまでのスピードをさらに高め、混雑時の待ち時間をいかに短縮するか。店舗内での体験、あるいは購入時の体験をいかに快適にできるか。秒単位、コンマ秒単位での改善の
積み重ねが、ブランド体験を大きく左右します。
小さく始めて広げる──生成AI導入の戦略的アプローチ
──AIの具体的な取り組みについて教えてください。
現在は「どうすれば現場に根付かせられるか」をテーマに、スピード感をもって取り組んでいます。
まずは意欲のある部門と一緒に小さく始め、効果を可視化する。成果が出れば自然と「自分たちも使ってみたい」という声が広がります。いわば口コミの力を生かしながら、経営会議で正式に承認を得て、段階的に展開を拡大してきました。
各部門からAIエバンジェリストやアンバサダーを選出し、横断的なコミュニティをつくる一方で、法務と連携して利用ポリシーやガイドラインも整備しています。将来的にはAIエージェントの活用も視野に入れつつ、既存プロセスをそのまま置き換えるのではなく、業務そのものを再設計した上でAIを組み込むことを重視しています。
「日本で最も愛されるレストランブランド」を目指して
──マクドナルドのようなグローバルな会社でCTOとして働く上での心構えを教えてください。
日本マクドナルドはグローバルなマクドナルドの中でも少しユニークな立ち位置にあり、もともと日本人によって設立され、現在も日本マクドナルドホールディングスとして単独で上場している日本の企業です。私たちはグローバルなマクドナルドと連携しながら、マスターライセンシーとして、日本国内におけるマクドナルドの事業に責任を持つ立場にあります。
スケールメリットを生かしてグローバルの仕組みを取り入れる一方で、日本ならではの課題や機会があれば、それをきちんと主張し、ローカルで最適化する。そのバランスを取りながら、グローバルとローカルの双方に価値をもたらすテクノロジー戦略を描いていくことが、日本のCTOとしての重要な役割だと考えています。